今回の解散で廃案になる期待濃厚な法案がいくつかありますが、個人的に一安心しているのはFXのレバレッジ規制です。こちらも選挙に伴う混乱で、先送りされそう。
「ミセス・ワタナベ」撤退も、FXレバレッジ規制で流動性低下の恐れ【ブルームバーグ】
ソシエテ・ジェネラル銀行外国為替本部長の斉藤裕司氏は、「レバレッジ規制により個人投資家が減少すれば、市場の流動性という点でマイナスであり、流動性低下で相場が乱高下しやすくなれば、結果的に輸出企業のヘッジコストが上がる可能性もある」と指摘する。また、流動性低下で市場のボラティリティ(変動性)が高まると予想されれば、「レバレッジをあまり掛けない大口の投資家も参加しにくくなる」と主張。「東京市場の空洞化がますます心配される」と語る。
この規制は金融庁が主導的に進めてきた規制の一つで、麻生内閣がもうすこし維持されていれば、今夏にも影響がでる予定のものでした。ひとまずは国会混乱の影響で事なきを得たかと思います。
実は金融庁が主導して進めた規制はこれだけではありませんでした。その代表は先に手痛い失敗をした、代引き規制というものがあります。
金融庁の「代引き規制」見送り、議論は継続へ【物流ウィークリー】
金融庁は「代金引換」「収納代行」などに対する新たな規制法案を、次期国会(1月召集の通常国会)に提出することを断念した。
このほど開かれた金融審議会第二部会の「決済に関するワーキング・グループ」で関係業界が猛反発していることから、規制導入を見送る方針を固めた。
この件では流通・物流などの業界団体が一斉に猛反発し、さらにはそれらの団体を支持基盤に持つ族議員からの圧力も受けた結果、金融庁は規制強化を諦めざるを得ませんでした。この規制をもし実施した場合は、各運送業者に年間で何億円ものコスト負担が発生し、その負担は金融業界の利益になるという構図でしたから反対されるのもムリはありませんね。ただ、金融庁の名誉のために書いておくと、別に金融庁は銀行の便宜を図るつもりではなかったようです(彼らは金融業界から特に嫌われている)。
この敗北の経験を踏まえて進めて来たのがFXのレバレッジ規制です。
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世間では「市場規制」とひとくくりにして考えられていますが、そもそも為替市場に今から規制を加えようなどと考えているのは世界でも日本だけです。世界で規制の議論になっているのは「商品市場」です。原油とか金とか小麦とかを売買しているアレですね。
昨年の金融危機において規制が必要と考えられるようになったのは以下の二つの市場でした。
- 商品市場
- 証券化商品市場(リーマンショックの引き金になったサブプライム関係のヤツ)
一方為替市場については、今回の金融危機の犯人ではないとして、各国の議論からはまったく外されていました。G~というようなサミットでも為替市場については申し訳程度に触れられただけで、議題にはなりませんでした。現在はむしろ米ドル基軸通貨体制を辞めるべきと言う議論がありますが、それはまた別の話。
なぜ為替が議論の対象にならなかったか、あるいは金融危機の犯人になり得なかったかというと、これは市場の性質が大きく影響しています。
為替市場というのはあらゆるリスク資産を扱う市場の中でも最も規模が大きく一日の取引量は330兆円にも達すると言われています。市場規模ではなく、一日に取引される料が330兆円です。それに比べ商品市場というのは市場規模にしても僅か14兆円程度に過ぎない市場であり、大量のお金を流し込むと直ぐにバブルが発生します。
そもそも商品市場というのは取引の対象は何らかのモノなわけです。通貨は印刷機を回しまくればいくらでも作ることが出来ますが、例えば小麦はどんなにがんばっても農場の規模より多くを収穫することは出来ません。つまり自ずと規模には限度がありますから、そこに際限のない通貨を流し込めばバブルが発生しやすいのも当たり前です。商品市場の規制については私も大賛成です。
ところが、為替市場の場合は買われる物はモノではなく、通貨です。カネでカネを買っているので買う対象に際限がありません。
為替相場では、取引量が増えれば増えるほど、流れ込むお金が増えれば増えるほど、最終的には値動きが少なくなり市場が安定していきます。大昔は日本円なんて20円くらいは直ぐに動いていたモンですが、為替市場の成長した近年では、一晩に2円も動けば政治家が慌てて口先介入をします。
なお、円が一円円高になれば、トヨタの営業利益の350億円が吹き飛ぶと言われています。まぁ円高や円安が進むのは仕方がない側面もありますが、企業のトップが一貫して言っているのは「急激に動くと困る」ということ。緩やかな動きであれば企業努力や様々なテクニックで為替リスクを吸収できるからです。
で、為替相場が緩やかに動くようになった理由は、為替市場が大規模なものに成長したからなんですね。
さらに冒頭に紹介したブルームバーグの記事では「日本の個人投資家が底値での逆張り投資をすることによって、為替の変動が押さえられている」と主張しています。これ、トレーダーとして聞くとかなり失礼なことを言っているのですが、実際に様々なデータを見ても確かに個人投資家は値動きを鈍らせる方向に動いています。これは株も同じだったりします。
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ところが、こうした背景を全く踏まえずに、レバレッジ規制を持ち出して来たのが金融庁です。
金融庁は代引き規制の失敗に学んで、今度はマスコミにリークを繰り返しながら徐々に規制強化の下地を整えた上で、この規制案を正式発表しました。しかも代引き規制と違って、為替取引にまつわる業者の監督は完全に金融庁が押さえていますから、業界団体が逆らうというようなこともありません。なぜなら、皆、金融庁が怖いですから。先の金融危機においても、銀行はどこも公的資金を入れようとしませんでしたが、それも金融庁の日々の努力のたまもの?です。
そもそもこのタイミングで何故、為替相場の規制を持ち出して来たかというのもおそらく大した理由はなく「今なら規制強化に追い風が吹いているから」というくらいの理由と思われます。代引き規制などは明らかにそうでしょう。で、失敗したから次はもうちょっとやりやすい為替市場の規制に乗り出した、と。
世界で求められているのは商品市場と証券化商品に対する規制なのですが、それをさっぱり無視して「個人投資家を保護する」と称して為替市場に規制をかけようとしているのは日本の金融庁だけです。誰がいつ、そんな保護をお願いしたんでしたっけ?念のために書いておきますと投資家の78.8%が反対しています。
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金融庁は別に利権で規制を加えようとしているワケではないですから、その点に関しては他の省庁に比べればかなりマシではあります。しかし、国民が反対し、市場へもマイナスの影響が予想される規制を断行できるほど、金融庁ってのは偉くて頭が良い存在でしたでしょうか?そんなに賢い人なら、代引き規制も賛成のうちに実施できましたよね?
実際にはもし代引き規制が金融庁案のまま実施されていれば、この不況の最中に増えたコスト負担で運送業と流通業は崩壊し、取り返しの付かない事態になっていたでしょう。流通業も運送業もその利益率は恐ろしく低く、コストの何十倍モノ売り上げをたてる必要があります。ところが金融庁はコスト負担をかなり、甘くみていたのです。利益率の高い金融業だけを相手にしている彼らに、コスト負担の恐ろしさは理解できなかったのです。
そこから自分たちの至らなさを学べば良かったのですが・・・・・。それを学ぶ代わりに今度は為替市場で再チャレンジというワケです。しかも今度は反対案は全部無視。さらにいうと、それに歯止めをかける政治家も、内閣にはいませんでした。
これだけ独善的に規制を推し進める金融庁という組織の暴走ぶりに、最近はさすがの私も恐ろしさすら感じているところです。確かに金融危機を日本だけが少ないダメージで乗り切れたのは金融庁の成果という側面もありますが・・・・。しかし、そのことが彼らを傲慢にしているのかもしれません。そんな彼らに歯止めをかけることが出来る政治家が、今望まれているのだと思います。