私の担当しているクライアントの1社に、名前を聞けば誰でも知っているようなある業界のTOPメーカーがいます。TOPメーカーであり、その品質も誰もが認めていますが、売っているものはとても地味な小物部品で、その単価は10円程度に過ぎません。
ちなみに10円程度の部品を売っている製造業は日本に山ほどあります。単価ではネジがそれに近いでしょうか。
この業界の営業利益率は概ね6~15%程度です。ここでは仮に10%としましょう。これでかなり数字が単純化されました、さらに思い切った単純化をしてたとえ話をしましょうか。
- 例えば封書を送るだけでも、60個の部品を売らなければならない。おっと、切手以外に封筒のコストも必要だった。
- 封書に宛名を書くため、100円のペンを買うには、100個の部品を売らなければならない。
- 今、そこら中においてあるアルコールのスプレーは、一本3,500円くらいだ。まぁつまり、3,500個の部品を売らねばならない。
- 私を強くする新聞「日経」を購読するためには、毎月、3,568個もの部品を売らなければならない。逆に弱ってしまいそうだ。
- 新聞を座って読むための、オフィスのイスはなかなか値が張る。10,000個くらい部品を売らなければ、空気イスだ。
- 今や一人に一台が当たり前のパソコンを買うには100,000個の部品を売らねばならない
ところで、日本の人口は一億人に過ぎません。老若男女、一人一人にまでこの部品を売ったとしても、一億円にしかならないのです。そして市場が限られているからこそ、製造業は血のにじむようなコスト削減の努力をしています。
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いやね。何でこんなことを書き始めたかというと、最近金融業から景気が回復してきて、IT業界あたりも金回りが良くなりつつあるんですけど、特に厳しい不況を経験していないIT業界でこういう厳しいコストの現実が理解されていないと思ったからです。
「ウチはコストを削減している」という企業は多いですが、製造業の努力に比べたら全然甘い。特にコスト削減の概念そのものがコスト削減を、単なる節約か何かと勘違いしている企業はとても多いです。製造業にとってはコスト削減とは生産フローそれ自体の改善ですが、IT業界では節約と下請け叩きです。昭和の製造業のレベルですね。
IT業界も成熟化が進み、いよいよ厳しいコスト競争による淘汰の時代が近づいていると感じます。巨艦巨砲主義的な開発プロセスを用いて「よいものを作るにはカネがかかる」的な論理が平気でまかり通る時代はいつまでも続きません。時代がそれを証明しています。カネをかけてよいものを作るのはバカでも出来ます。よいものが安いから、競争力が生まれるのです。
もし、製造業のように、一円を切り詰めてコストを削減し、品質を上げていくというモチベーションと実行力を持った企業が現れていけばどうなるか?
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以前ITバブル前の時代、IT業界の不況は製造業としてのビジネス(要はパソコンを作るビジネス)が儲からなくなったことで生じました、今は各社がソフトウェアサービス業に業態をシフトさせたことで再び繁栄を謳歌している時代です。しかしこの時代はまもなく終演を迎えるでしょう。
コンシューマービジネスの厳しいコスト競争を耐え抜いた企業が、エンタープライズ分野(B2B)に進出し始めています。Amazonはデータベースの切り売りを始めました。もう「ビジネスが拡大したときに困りますよ」というITセールスマンのおきまりのトークにだまされる必要はないのです。Googleもビジネス分野への進出をあきらめてはいません。Googleカスタム検索エンジンもその為の地味な一歩です。
私は長らくIT業界でエンジニアをやってきましたが、現在のサービス業的なソフトウェアビジネスの厳しい淘汰の時代が到来することを確信しています。そしてそのとき、私は泥舟に乗っている側にいるつもりはありません。泥舟を叩きつぶして沈める側にいたいと思っています。
製造業の血のにじむようなコスト削減の努力をバカにするような人たちは、いっぺんおぼれて地獄を見た方がいいと思うからです。