AIGの新CEO、年俸6億6000万円 前任者は1ドル 【日本経済新聞】
AIGは多額の公的資金を受けており、役員への報酬の支払いについては米政府の承認を得る必要がある。
AIGは確かに利益を上げてはいる。だが、多額の報酬をもらう権利があるという人は少数派だろう。実際、金融機関の報酬制限に向けては着々と進んでいる。
米下院、金融機関の報酬制限法案可決 成立は不透明【日本経済新聞】
ところが、投資家や金融関係者からは例によって反対の声が上がっている。まぁ金融関係者が反対するのはわからんでもないのだが、マズいのは投資家だ。どうも「貧乏人の僻み」くらいに短絡に考えているような人がいるようだが、そのような考えであれば今すぐ投資をやめるか、一日頭を冷やした方がいい。
金融機関経営陣の高額報酬は単なる貧乏人の僻みなどではない。合理的に説明のつく、極めて具体的な問題なのだ。
● 金融機関の利益の裏には、含み損がある
ごくごく当たり前の事実だが、貸した金は返ってこないかもしれない。貸した金が100%返ってくるなどと、誰が保証できるだろうか?
金融機関は金を貸すのが仕事であるので、貸した金が返ってこない可能性を考慮する必要がある。金が返ってこない事イコール損失となるわけだが、ちょっとやそっとの損失で銀行がつぶれるようでは、銀行に金を預けている我々が安心できない。
そこで銀行業では自己資本比率の規制というようなものを定めて、簡単には銀行がつぶれないように規制している。また、常識的な金融機関であれば、さらに貸倒引当金を積み上げて、貸した金が返ってこなかった場合に備えている。
実は『貸した金が返ってこない可能性』というのはある程度計算が可能なもので、それは潜在的な損失に置き換えられる。要は含み損が発生しているのだ。
超単純化して例え話を書こう。例えば、100万円貸して金利込みで120万円返済してもらえるとする。この場合利益は20万円と考えられる。ところが、この客が金を返さないリスクが10%存在したとする。この場合、10%分の見込み損失、すなわち10万円を利益からさっ引いておくべきである。従ってこの契約から得られる利益も10万円と考えるべきだ。極めて単純な理屈だ。
――ところが。上に「常識的な金融機関」と書いたが、実は米国には常識的でない、狂った金融機関が存在した。その一つがAIGだ。
AIGは保険会社だが、CDSという仕組みを利用して実質的に金融業を営んでいた。CDSは比較的新しい仕組みであり、金融業のように成熟した規制の枠組みは存在しない。すなわちAIGとそれに群がる投資銀行は、CDSという仕組みを用いて金融業の規制をすり抜けながら、実質的に金融業を営んでいたわけだ。
規制をすり抜けているので、自己資本比率の規制など関係ない。その上さらに、AIGは貸倒引当金に当たる部分(リスク)を過小に見積もっていた。本来積み上げておくべき引当金を、わずかしか積み上げていなかったのである。
ではその分浮いたお金はどこに行ったのか?もうおわかりだろう?
● 金融機関経営者の報酬は税金から支払われたといえる
例えば任期3年で金融機関のボスの職を引き受けたとしよう。この間ひたすらリスクをとって収益を拡大し、その一方で積み上げておくべき引当金は最小にする。ひたすらリスクを積み上げて、そして自分は一番利益が出ているタイミングで退職する。そして――、潜在的な含み損は自分の後を引き継いだ経営者に降りかかる。逃げ勝ちである。
ところが、米国の経営者は逃げ勝ちどころかそもそも潜在的損失の存在に気づいていたかった(ほんとにプロか?)。この為、バッチリ責任は問われている。責任は問われているが・・・・・、いくら責任が問われたところで、失った金は返ってこない。訴訟を起こして経営者に賠償させたところで、AIGの巨額損失の前には焼け石に水である。結局、損失は実質的に税金で補填されたわけだ。
ここで思い出してほしいのだが、金融機関経営者に支払われていた報酬の一部は、本来なら損失に備えて積み立てておくべきお金だった。ところがその部分は実質的に税金でカバーされたのであるから、AIG幹部の報酬は税金から支払われたといっても過言ではない。いや、彼らお得意の金融工学の観点からは、実際に税金から報酬が支払われたというべきだろう。
● 驚異。未だ何の規制も対策も、実行に移されていない
さて、これらの問題を解決する方法は簡単だ。以下2つのうちどちらかの規制を実行に移せばいい。片方だけで十分だろう。
- 金融機関幹部の報酬に何らかの制限を加える
- CDSという抜け穴をなくし、銀行法の規制が広く行き渡るように改善する
1は報酬の仕組みを変えさせ、短期の利益主導型の経営から長期の安定志向に経営の方針を変えさせるというものだ。効果が出るまでには時間がかかるだろうが、より本質的な解決になるだろう。その効果のほどは、日本の金融機関が極めて安定的に危機を乗り切ったことで証明されている。もっとも日本の場合は規制ではなく、モラルによってこれが守られていたわけだが。
米国金融機関の経営者がモラルを持たない野蛮人であるなら、首輪をつけるしかないだろう?
2は今回の具体的な原因であるCDSの抜け穴をふさぐという者だ。周辺にはさらにいくつかの問題が散在しているので、これらの問題にも個別具体的に対処するという考え方だ。モグラたたき的にはなるが、ある程度即効性が期待できる。
ところが。
景気対策は数ヶ月で実行に移されたにもかかわらず、これらの規制は、片方すら、実行に移されていない。何一つ、実行されていない。野放しである。
● 底打ちした景気。上がる株価。だがリスクも上がり続けている
原油価格の上昇は止まらない。商品市場の規制が進んでいないせいだ。まぁさすがに今のタイミングで規制するのは景気をこうたいさせる恐れがあり危険なので、できないという理由もわからないではない。
だが、金融機関幹部の報酬を制限できない理由は何だろうか?なにか合理的に考えられるリスクでもあるのだろうか?まぁ100歩譲ってリスクがあったとしよう。だとしたら、その他のCDS等に対する規制の整備は進んでいるのだろうか?
現在、景気の底打ちは明らかとなり、株価なども来年以降の景気が回復し上昇基調になることを先取りして値上がりしている。その一方で、無節操な金融機関は危機発生前と同じ投資スキームで短期的な利益を追求している。再び潜在的なリスクは増大しつつあるのだ。
まぁ、オバマ大統領は富裕層の課税を増し、その税収を持って日本と同じ皆医療保険制度を整備しようと考えている。今後も景気の動向を見ながら、富裕層に対する攻撃を強めていくだろう。そういう意味では米国の国政という意味ではどうにかなるのかもしれない。
むしろ問題は、今株などのリスク資産を買っている、日本の投資家などだ。「AIGの幹部が高額報酬をもらうのは当然の権利」だと主張しながら、リスク資産の購入を勧めている人が見受けられるのだ。それがどれだけ破滅的な行為であるのか、ここまで読んでいただいた方にはわかってもらえると思う。
もし心当たりがあるなら、一度リスク資産の利益を全て確定し、丸一日ほど頭を冷やすべきだろう。貸倒云々という説明を全段でしたが、これは株式などのリスク資産を取引する際に最低限必要な期待値の考え方でもある。最低限必要な事を、今も変わらずやれているだろうか。
日本は現在、先進国中で最も過酷な状況に置かれてはいるが、少なくとも金融機関に関しては世界で最も健全であり、今や世界最高峰も見えてきたといっても過言ではない。これはれっきとした、成果・実績だ。我々は日本の金融機関が何をして、何を考えてこの危機を乗り切ってきたのかに学ぶべきだろう。例えば野村證券などはリスク資産に手を出しながらも、逆にこの危機においてリーマンを買収することに成功している。日本の金融業界は欧米の金融機関のビジネスに勝利したのだ。
わざわざ悪いものに迎合する必要はないだろう?少なくとも私はそう考えている。